アポロクロニクル③月面ダストの匂い


2006年1月30日付けSience@NASAに「アポロクロニクル③月面ダストの匂い」という記事が掲載されています。
年明けからアポロクロニクルと称して3つの話題が掲載されています。その3つめの記事です。
 月ダストは月面ではどうやら火薬の匂いがしていたらしいのですが、地球に持って帰ってみたらその匂いはもうなくなっていたとの事です。月サンプルを真空のまま持ち帰れるコンテナも使っていたのですが、どうやら月ダストの粒子があまりにも尖った角を持っていたため、そのコンテナの密封が破れてしまって、運搬中に酸素や水分が入り込み、地球ではそのような匂いがしなくなった原因と書かれています。
月サンプルは厳重に密閉されて月環境を模擬したままで地球まで持ち帰られたと思っていたのですがそうでもないようです。この事実知りませんでした。その原因が月ダストにあるという、これまた「ダスト落ち」の話になっています。また「月ダスト性花粉症?」なるものも発生したとのことです。詳しくは以下を。


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「少し持ってかえろう。」アポロ17号の宇宙飛行士Gene Cernanは言った。ちょうど少量の月の砂をすくった時だった。「魔法の調味料だ。」
どんな感じ?-やわらかくて雪のようだが、不思議なことに粘着力がある。
どんな味?-「悪くない。」アポロ16号の宇宙飛行士John Young談。
どんな匂い?-「火薬のようだ。」これはCernan談。
 いったい月のダストはどんな匂いがするのだろう。
 アポロの宇宙飛行士はみんなその匂いを知っている。彼らは鼻を月の表面にくっつけることは出来なかったが、月面を歩いた(EVA:宇宙船外活動)後、スタッフバックを船内に持ち込んでいる。月のダストは非常に粘着性が高く、ブーツやグローブやその他外部に露出していたもの全てに付着していた。船内に入るときにどんなに強くブラシをかけても、いくらかの(時には大量の)ダストは船内に入ってしまった。
 ヘルメットとグローブを取ったとき、宇宙飛行士たちは月の匂いを、あるいは味を感じたことだろう。

月面滞在を終え、船内でくつろぐアポロ17号の宇宙飛行士Gene cernan。彼のシャツと額がダストで汚れている。

 
 アポロ17号の宇宙飛行士Jack Schmittは歴史上初の地球外花粉症と記録されている。「あっという間に花粉症になりました。」彼はヒューストンに苦しそうな声で報告してきた。後年彼は回想している。「最初のEVAを終えて船内でヘルメットを取ったとき、私はダストに激しく反応してしまいました。私の鼻の中は腫れてしまっていました。」
 数時間後、その感覚は治まった。「同じことが2回目と3回目のEVAの後にも起きたが、症状は次第に治まっていった。」Schmittは笑う。「パイロットであれば、もしそのような症状が出たら、飛行中止させられると考えます。」だが他の宇宙飛行士たちと違ってSchmittはテストパイロットの経験が無かった。彼は地質学者で鼻づまりをすぐに認めることが出来たのだ。
 Schmittはもともと鼻が弱いとも言っている。「ヒューストンで使われていた石油化学製品に我慢出来なくなったりしましたし、タバコの煙を睨みつけたりしてしまいます。」彼は、これこそ他の宇宙飛行士たちが彼ほど反応しなかった理由と考えている。
 だが彼らも反応していた。「かなり強くにおう。」アポロ16号のパイロットCharlie Dukeは無線で報告している。「味は-私が思うに、火薬で-匂いも火薬だ」次の17号ミッションでGene Cernanは言っている。「まるで船内で誰かが発砲したようなにおいがする。」
 Schmittは言っている。「全てのアポロ宇宙飛行士は銃の扱いに慣れていた。」だから「月のダストは火薬の匂いがする」という話には、みな納得していたはずだ。

宇宙服は白だったのでは?アポロ17号宇宙飛行士Jack Schmittの宇宙服。月のダストで灰色。

 はっきりしているのは月のダストと火薬は全く違うものだということだ。現在使われている無煙火薬はニトロセルロース(C6H8(NO2)2O5)とニトログリセリン(C3H5N3O9)の混合物だ。これらは有機物からなる可燃物で「月の砂には含まれない。」とNASAのジョンソン宇宙センター月サンプル研究室のGary Lofgren氏は言う。月の砂にマッチを近づけても--何も起きず、少なくとも爆発はしない。
 月のダストは何から出来ているのだろう?その組成のほぼ半分は月面への隕石の衝突で出来た二酸化ケイ素ガラスである。長い年月にわたる衝突によって、月の表土が溶けてガラスになり細かく粉砕されたのだ。月のダストはまた鉄分、カルシウム、マグネシウムなどがかんらん石や輝石として多く含まれている。火薬とは全然違う。
 ならばどうして火薬ような匂いがするのか?誰もまだ理由はわからない。
 国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士Don Pettitは、月には行った事がないが宇宙での匂いに興味があり、1つの可能性を述べている。
 「地球の砂漠にいる自分を想像してみてください。」彼は言う。「どんな匂いがするでしょう?そこは雨が降るまでは何もありません。しかし突然雨が降ったら、泥の匂いがします。」地面から水の蒸発しいろいろな分子が鼻まで達し、それは地面が湿っている数ヶ月の間続きます。」
 同じことが月でも起きたのかもしれない。
 「月は40億年前に出来た砂漠のようなものです。」彼は言う。「そこは非常に乾燥しています。もしつきの砂が船内の空気中の水分と接触したら、ちょうど砂漠に雨が降ったような効果で--良い匂いがするかもしれません」(彼は火薬を良い匂いと考えている)
 Gary Lofgren氏は似たような考えを持っている。「月の砂から蒸発したガスは太陽風から来たものかもしれない。」地球と違ってつきは太陽からやってくる高温の水素やヘリウム、他のイオンの流れに曝されている。これらのイオンは月の表面に直接衝突しダストに取り込まれる。
 それらのイオンはかなり不安定な状況になっている。「イオンはブーツで踏みつけたり刷毛で掃いたりするだけで簡単に押し出されてしまい、また月着陸船内の暖かい空気の流れに触れるだけでも蒸発するかもしれません。船内に残った太陽風のイオンが、どこかで嗅いだことのあるような匂いになっていたのかもしれません。」
 いったい太陽風はどんな匂いがするのか?やはりこれも月までいってみないとわからない。
 Schmitt氏は別の理由を考えている。その匂いは、そしてJack Schmitt宇宙飛行士が示した反応は、月ダストが化学的に活性化された状態であった証拠かもしれない。
「月のダストがどのようにして出来たか考えてみましょう。」彼はいう。「隕石が月に衝突し、岩を砕いてダストが出来ました。そのプロセスは金槌で岩を砕くのと同じです。」その時ダストを形成する分子には、電気的に不飽和な「表面活性」の状態のものがあったかもしれない。

 そのようなダストを吸い込んでしまったらどうなるか?活性化した表面は常に鼻の粘膜の上で接合する相手を探している。その結果目が充血し、何かしらの匂いを感じるだろう。そしてダスト粒子の持つ全ての結合が終了したら、そのような症状は収まって行くだろう。
 その他の可能性としては、ランダーの噴射に含まれる酸素で月ダストが”焼かれて”いたことが考えられる。「酸素はとても反応しやすい物質です。」Lofgren氏は言う。「おそらく表面活性状態のダストとすぐに結合するでしょう。」このプロセスは酸化と言われ、燃焼と同類の現象である。しかし炎や煙の中ではその現象は非常にゆっくりと進行するため、月ダストの酸化は火薬の爆発後のような匂いになったのかもしれない。
 不思議なことに、地球に戻ったときには、月ダストは何も匂いがしなくなっていた。ヒューストンの月サンプル研究室には数百ポンド(1ポンド⇒約453.6g)の月ダストがある。そこで、Lofgren氏はダストが多い月の岩石を手に取り、その岩の匂い、岩の周りの空気の匂い、そして手の匂いを嗅いでみた。「火薬のような匂いはしなかった。」と彼は言う。
 ならば宇宙飛行士たちが嗅いだというダストの匂いは想像上のものなのだろうか?いや違う。Lofgren氏らは以下のように説明している。
 地球で月ダストは”沈静化”された。アポロ宇宙飛行士たちによって持ち帰られれたサンプルの全てはは大気中の水分や酸素と接触し、匂いの原因となる化学的反応はすでに失われてしまったのだ。

 これは予期せぬ事態だった。宇宙飛行士は”魔法瓶”といわれる月サンプルを真空状態を維持したまま持ち帰れるコンテナも使用している。しかし、月ダスト粒子の鋭利な角が、そのコンテナの封印を破いてしまい、地球に帰還するまでの3日間の間、酸素と水分を含む空気が流入してしまった。それで月ダストがどのくらい変化してしまったかは誰にもわからないのだ。
  Schmitt元宇宙飛行士は言う。「私たちは現場で—月で実際にダストについて調べなければいけません。」そこでしかその正体を明らかにすることは出来ないのである。なぜ匂うのか?ランダー、ローバーそれと月面基地には影響が無いのか?まだまだわからないことが残っている。
 NASAは2018年までに月に人類を再び送ることを計画している。それはアポロより長い滞在になる予定である。その時私たちはそれらの疑問を明らかにする新しい手法とより多くの時間を手にしていることだろう。
 月ダストの匂いについては研究が始まったばかりである。
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上から
写真①:月面滞在を終え、船内でくつろぐアポロ17号の宇宙飛行士Gene cernan。彼のシャツと額がダストで汚れている。
写真②:宇宙服は白だったのでは?アポロ17号宇宙飛行士Jack Schmittの宇宙服。月のダストで灰色。
写真③:叩かれることで形成される月ダスト。”金槌”役は隕石。
写真④:アポロ12号宇宙飛行士Alan Beanが持つ”魔法瓶”。別名特殊環境サンプルコンテナ

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